コンテンツの作り手から離れたいとき

純粋に、読み手としてコンテンツを楽しみたい。そんなふうに、思うときがあります。

ほぼ日とNewsPicks、COMPOUNDの三者で取材をした「経営にとってデザインとは何か。」という連載で、里山十帖の岩佐さんにお話を聞きに行く記事があります。

編集、デザイン、場を作ること。

以前読んだこの記事をもう一度読み返してみました。あぁこの記事はなんて素直なんだ…、と改めて思いました。まるで、自分たちが一緒に岩佐さんに話を聞いて、一緒に悩んでいるような。ひとりひとり問題意識があるから話を聞きに行くわけで、そこを書き飛ばさずに丁寧に書いていくからこそ、長くても読み続けられるのだ、と感じるんです。

 

と同時に、自分が今後書こうと思っている特集について、自分はこういうふうに書くと伝わりやすいのね、とか、特集名をもっと自分ごとになれるようなテーマでネーミングしないといけないなと思っている自分がいます。つまり、すぐに自分の仕事に活かそうと発想を膨らまそうとしている仕事モードになっているわけです。

なんだか、それがコンテンツを本当に楽しむわけではなく、言い方は悪いですが、踏み台にしているように感じてしまって。

そういうときに自分は、コンテンツの作り手ではなく、純粋な読み手としてコンテンツを読むことができたらいいのになと思うんです。

 

まぁ、そうやっていろんなところから影響を受けて次の仕事に活かそうとするからこそパワーアップしていくので、そこまでイヤではないんですけど、何となくそう思うときがあるという話を書いてみました。

それでは、また明日。

Taichi Hirano