今のキャリアはゼミからはじまった

昨日、ちょうどゼミの先生が東京に来るというタイミングだったので、4年ぶりぐらいにゼミ生が集まった同窓会でした。

同期だけでなく、ひとつ上、さらにもうひとつ上まで、人数は少なかったものの、濃い時間を過ごすことができました。

母校の関大の凛風館

母校の関大の凛風館

僕が入っていたのが、経済学部の後藤ゼミ。卒業してからなかなかお会いできなかったんですが、先生は、相変わらずの元気さでびっくり。今や、経済学部の副学長になっていて。世界中に飛んだり、3年ぶりのゼミで新たに「SKIMA PROJECT」という鹿児島県曽於市や企業とも連携したプロジェクトをはじめたりと、先生のスケールの広さに驚いてばかりの3時間でした。

 

今思えば、3回生のこのゼミがなかったら、今の仕事はつながっていなかったはずで。振り返れば楽しい思い出だらけだけど、それ以上に当時は辛かったなぁという気持ちでいっぱいです。だからこそ、仕事がつらいなと思ってもあのときに比べたら…と思うんです。

発表したときのカンペと発表用資料。すべて英語でスピーチをしないといけなかったので、覚えた

発表したときのカンペと発表用資料。すべて英語でスピーチをしないといけなかったので、覚えた

先生がILOで働いていたこともあり、ゼミの最終アウトプットはタイの国連職員の前で英語でプレゼンをするというもの。テーマは「労働力移動」に関する提言。最後の質疑応答が終わったあと、涙が止まらなくなりみんなでぼろ泣きしたのを覚えています。

→ Kansai University – International Labour Organization
KUILO Project 2012

必死に必要なデータを調べては力尽き、英語力のなさにうちひしがれ、自分の無力さを感じた半年間(4回生春〜夏)でした。とはいえ、今となって振り返ってみると、この半年間があったからこそ、関西から東京に飛び出せたように感じています。

12人の濃いメンバーは、みんな自分より優秀でした。しゃべるのが上手な人やデータを組み立てるのが上手な人、アイデアを筋が通るようにまとめるのが得意な人、場を盛り上げるのが得意な人。

そんな優秀な人たちの周りにずっといると、自分の至らなさをどんどん可視化されていくようで、“自分はこの場にいる価値があるのだろうか?”というモヤモヤをずっと感じていました。

 

だから、何か自分にできることで何か誇れるものをつくろうと思ってはじめたのが「ブログ」でした。書くことは好きだったので、“毎日毎日何かしらを書くこと”を自分に課して、2年間以上続けました。(600日報告しているから)

その書き続けていたことが、上京(4回生秋)してからWantedlyでインターンとして応募するときの「こいつ使えるかも」につながったのだと、入社してから上司にいわれ、恥ずかしいながらもうれしかったのを覚えています。

それから、紆余曲折あり、今のBAKEに入社。相変わらず、文章に向き合う日々を過ごしています。最近は写真にも興味が出てきて、出かけては写真を撮る生活も。上手だね、と褒めてもらえるとすごくうれしいです。

 

そういえば、親がよく「お前はツイてるぞ」と言ってくれてたなぁ。自分でも、最近自分ってなんだかんだツイてるなぁと思うことが積み重なっているように感じます。やってきたことは間違いではなかったね、といつも昔の自分をよしよししたくなります(Wantedlyを退職するときも同じようなこと書いてた)。

大学試験でぜんぶ落ちて、センター入試で関大の経済学部だけに受かっていてよかった。数あるゼミのなかから後藤ゼミを選んでよかった。あのまま腐らずに、自分にできそうで興味を持てることをはじめていてよかった。

なんとなくだけど、そろそろキャリアの節目を迎えそうな予感がしています。これまでは流れに身を任せるようにして生きてきたけど、次は自分でデザインしないといけないぞ、と思っています。

それにしても、久しぶりに仲の良かった人たちと話すと、昔に戻れた気持ちになって楽しい!また集まりたいです。

Taichi Hirano