転がっているコンテンツのネタを見つけるために、世界を見つめる解像度を上げる。

銀座の空は青かった

銀座の空は青かった

ネタがない、というけども、その人には見える範囲が狭いだけで、そこらじゅうにネタは転がっている。「あのひとはなぜ「ネタ切れ」しないのか?――世界を見つめる解像度」で、こんなことが書かれてます。ほぼ日の糸井さん、脳科学者の茂木さん、この2人を例に出して、どうしてネタがいつまでも出てくるのかを分析します。

彼らの周りにだけ毎日おもしろいことが起こるのかというと、おそらく、そんなことはありません。有名人なので多少はカラフルなことも起こるのでしょうけど、アウトプットはぼくら凡人の何千倍です。1日が24時間なのはみんな同じですから、何千倍も面白いことが起こるということはありません。

ひとはみんな、朝起きたり、ご飯を食べたり、ニュースを見たり、仕事をしたり、人とあったり、本を読んだり、恋をしたり、寝たりしています。だいたいみんな同じです。となると、アウトプットの違いは、世界のほうではなく、世界を見つめる「目」のほうが違うと考えるほうが自然です。

つまり、彼らは、世界を見つめる目の「解像度」が違うのではないでしょうか。解像度が高いカメラを使うと世界がよりくっきり写りますが、彼らの目はぼくらよりもずっと細かく世界をとらえています。同じ物を見ていても、見えているものがぜんぜん違うのです。

世界を見つける解像度が違う、、たぶんそうなんだと思います。そして、このことばがとっても好きです。すごい生活をしなければネタが見つからないのではなく、ネタはそこらじゅうに転がっているのだと。ふつうの生活をふつうに生きる中でネタを見つけられるようにしよう、と思っています。写真でよくアップしているのが、普段の日常(旅行に行かないからなのはあるけど)ばかりなのは、そういう日常の中でおもしろいネタ(風景)がないかなと探すクセがついているからかなと思います。

例えば、何かほしいものがあったとき、「◎◎ アマゾン」や「◎◎ レビュー」というワードで検索するけど、検索した後にわかったことを、ちゃちゃっとまとめることだって、ひとつのコンテンツです。また、自分が持っていてこれはお勧めだなーと思っているアイテムを少し丁寧に紹介することだって、ひとつのコンテンツです。

 

読みたいものを書く

そこで大事にしたいのが「自分が読みたいものを書く」というスタンス。クラシコムの青木さんが以前どこかで言っていたその言葉を覚えているんですが、本当にそうだなと。自分だったら、物を買うときにどんなポイントで探しているかな、とかふとした決め手みたいなものをメモしておいて、書くときにはその点を踏まえて書く。そういう自分という相手を想像しながら書くと、ニッチかもしれないけど結構喜ばれる気がします。

格好いいこと書きたいのはやまやまだけど、それができるようになるにはハードルが高いので、淡々と世界を見つめる解像度を上げていく練習をすることが大事だと思います。まずは、回数を増やして発信に対するハードルを下げること。これは会社のオウンドメディアや個人のブログであっても同じだと思います。

会社のオウンドメディアでは、自社の広報だけでなくて、もっと広い視点で業界全体で話題になっているいい記事について「どこがいいと思うのか」を書くこともしていきたいです。いいものをつくるためには、狭いところに縛られていたらダメで、もっと大きな心をもって見て・書いていきたいです。

Taichi Hirano